サウナの「ととのう」状態を解明する

サウナの「ととのう」状態を解明する

サウナはリラクゼーションや健康を促進する方法として、世界でも人気が高まるばかりです。習慣的なサウナの利用は、神経変性疾患や呼吸器疾患を予防できる可能性があり、ある研究では週に4〜7回サウナを利用する男性は、週に1回しかサウナを利用しない男性と比べて、アルツハイマー病を発症するリスクが65%低いことが実証されています。他にも、うつ病や風邪の発症率軽減なども報告されています。

このようにサウナの身体的な効果は数多く言及されていますが、脳科学や心理学の観点から報告されている研究は、未だほとんどありません。そこで私たちは、サウナ利用によって心身の回復が実現される「ととのう」状態について、脳活動と気分変動の点から解明しようと試みました。

 

「ととのう」体験、サウナ後の脳活動と気分変動を解明

「ととのう」状態とは、熱いサウナと冷水の後に訪れる強い幸福感のことを指し、これはサウナによって、βエンドルフィンが大幅に増加し引き起こされる状態と考えられています。この時、脳内で何が起こっているかを解明するためには、定性的かつ定量的な脳と行動のデータが必要になります。そこで、本研究ではサウナ前後において聴覚oddball課題(ターゲット刺激に対する注意や反応時間を測定するもの)を行い、それにおけるP300とMMN(ミスマッチ陰性電子)の変動に焦点を当てました。

P300はターゲット刺激の提示後、通常250〜400 ミリ秒後に現れます。P300の振幅は注意力と深く関連しており、注意力が高まるとP300も大きくなることが言われています。一方MMNは、100〜250ミリ秒後に現れ、聴覚刺激に対して主観的に注意しなくても誘発することが可能です。したがってMMNは、逸脱(ターゲット)刺激の自動検出における聴覚情報処理によって引き起こされると言われています。

この聴覚oddball課題に加えて、サウナ入浴前後と各セット(サウナ→水風呂→外気浴)間の安静時における脳活動の測定と、気分に関する評価尺度(アンケート)を実施することにより、「ととのう」状態における脳活動と気分変動を解明することにしました。さらに脳波(EEG)に基づく人工知能(AI)分類アルゴリズムを開発し、脳の状態(ととのう・非ととのう)の分類制度を検証しました。

 

サウナ後の脳活動と気分:「ととのう」状態の解析 

まず「ととのう」状態が安静時に現れたため、この時の脳波を測定した結果、サウナに入ることによって、徐々にシータ波とアルファ波が増加していることがわかりました(図1)。この結果は、以前行われた瞑想における脳波を測定した研究結果と非常に類似しています。

シータ波の増加に関しては、おそらく認知と感情の処理の増加だけでなく、意識と注意の増加を反映していると考えられます。また瞑想における別の研究では、瞑想は心拍数レベルを低下させることが示されていますが、今回の研究でもサウナを行わなかったコントロール群と比較して、サウナ群はサウナ後の心拍数レベルが低いという結果を得ることができました。これは「ととのう」状態が、瞑想後に得られる状態に似ている可能性があることを示唆しています。さらに、アンケートの「全てのものやみんなから孤立しているように感じた」という、感情処理に関連する質問の結果とも一致していました。

一方、アルファ波の増加はリラクゼーションに関連している可能性があります。これは高強度の運動後に観察される結果と一致しており、アンケートの「とてもリラックスしているように感じる」「無限の喜びを経験している」という項目の結果と一致するように、アルファエネルギーの増加には、幸福感やポジティブな感情の高い主観的経験が伴いました。

また、サウナ前後に行われた聴覚oddball課題では、サウナ後はP300の振幅とターゲット刺激(音の識別)に対する反応時間が大幅に減少しましたが、MMNの振幅は大幅に増加しました(図2・3)。P300に関して、これは先に述べたように注意力と深く関連しているものであるため、P300の減少は、タスクを行う上で注意力をあまり必要としなかったことが示されています。

一方、MMNの増加は一般的に、音の識別力の増加を表していると言われています。つまり、サウナ後にMMNの増加を示したという結果は、参加者がサウナ入浴中に聴覚刺激に対してより敏感になったことを示唆しています。これにより、音の識別に必要な注意力に割くリソースを少なくして、課題に取り組むことができるため、P300の振幅の減少につながった可能性があると言えます。この結果は、変性意識状態のアンケートにおける「記憶または想像によるイメージを鮮明に見ることができた」という質問の結果と一致しており、サウナによって人々は頭がクリアになり、より明晰になる可能性があることを示しました。

さらに主観評価アンケートでは、サウナ入浴による身体的なリラクゼーションや、そのほかの指標に大きな変化が見られました(図4・5)。これらの結果から、「ととのう」状態は、幸福感やポジティブな感情を伴う、リラックス、喜び、精神的明晰さなどの、身体的及び精神的な感情として現れると考えることができます。

 

サウナの「ととのう」状態と、ニューロフィードバック

そして、In-Ear式のEGGを使用した「ととのう」状態のデコードの平均パフォーマンスは、88.34%に達しました。これはIn-Ear式のEGGを使用して、脳の状態を分類できる可能性を示しており、将来的な適用に向けての大きな一歩になったと言えます。今後の研究では、AIデコードによって「ととのう」と「非ととのう」状態を分類し、利用者にニューロフィードバックトレーニングを実施してもらい、「ととのう」状態に移行できるかを検証する予定です。そして将来的には、ニューロフィードバックの力で、サウナなしでも「ととのう」状態に到達することを目指していきます。

※詳細:
Chang, M., Ibaraki, T., Naruse, Y., & Imamura, Y. (2023). A study on neural changes induced by sauna bathing: Neural basis of the “totonou” state. Plos one18(11), e0294137.

※引用元は、こちら