「ととのう」の脳科学と音楽による介入効果

「ととのう」の脳科学と音楽による介入効果

昨今、メンタルヘルスに対する関心が高まっており、リラクゼーションや回復を助長する様々な研究が活発化しています。例えば、瞑想やサウナは私たちの心身に癒しや活力を与えてくれます。

そこで私たちは、より手軽な方法で、同等のリラクゼーション効果を得られるものはないかと考え、「音楽」に焦点を当てることにしました。というのも、音楽が人間の感情や認知に与える影響については、長い間研究がされてきており、音楽はリラクゼーションを促進させるだけでなく、脳活動の顕著な変化を誘発することも明らかになっているからです。

 

音楽と脳波:「ととのう」状態を再現する新しい試み

このような「音楽」の可能性に着目し、私たちは「脳科学で実証されたを刺激音を組み込んだ音楽を聴く」という革新的なアプローチにより、サウナ後に感じられる「ととのう」状態と同等のリラックス効果を再現することを試みました。シータ波等の低周波の聴覚刺激は、先行研究で、不安状態を抑制し、幸福感を高めるのに役立つ可能性があることがわかっています。しかし、その聴覚刺激は単調すぎるあまりに、不快感や注意散漫を引き起こす可能性があります。そのため、通常の音楽と統合することにより、特定の脳の活動パターンに刺激を与え、「ととのう」状態と同様の心地よさを作り出せるのではないかと考えたのです。

 

 サウナと音楽セッション比較:シータ波の増加に一貫性

まず私たちは、「ととのう」状態の脳内活動を計測する実験を行いました。本研究では、参加者に計3回のサウナ、冷水、休憩のセットを経験してもらいます。そして、各セットのサウナの前後と休憩の間に、脳の活動量の測定と主観評価尺度のアンケートを実施し、「ととのう」状態での脳活動と気分変化を明らかにしました。

その結果、サウナ後と休憩の段階で、シータ波とアルファ波の活動が増強していることが分かりました(図1)。さらにサウナ前後に行った聴覚oddball課題(ターゲット刺激に対する反応時間を測定するもの)では、サウナ後のP300の大幅な減少と、MMN(ミスマッチ陰性電位)の大幅な増加が見られました(図2)。そしてターゲット刺激に対する応答時間も大幅に減少していました(図3)。これらの結果は、脳が効率的な状態に到達していることを指しています。さらにアンケートでは、サウナ後には心的なリラクゼーションを筆頭に、有意な変化が見られました(表1)。

次にモノラルビートを組み込んだ音楽を聴かせる研究を行いました。まず心地よい音楽を作成し、その周波数スペクトルを分析して、アルファ波とシータ波の活動を刺激させるモノラルビートを音楽に組み込みました。そして、この生成された特殊な音楽と、通常の音楽、無音の状態での3つの脳活動を比較しました。

その結果、音楽を聴いた後のセッションで行われた聴覚oddball課題では、特殊音楽を聴いた場合のMMNの増加は顕著なものでした(図4)。また、特殊音楽を聴いている最中、シータ波の活動量も大幅に増加していました(図5)。アンケートでは、リラクゼーションを感じる評価が、特殊音楽を聴いた場合のみ平均スコアが大幅に増加した結果が得られました。

本研究の結果をサウナセッションと比較すると、MMNの大幅な増加はサウナで得られた結果と同じように、聴覚刺激に対する感度が大きく向上していることを表しています。また、シータ波の大幅な増加も、サウナセッションと同様にみられました。シータ波はリラクゼーションと深く関連しています。アンケート結果と照らし合わせると、人が外界と自己を切り離すことができたとき、脳はシータ状態になり、それゆえ創造的思考がより促進されることが示唆されています。

アルファ波に関しては、サウナセッションのような増幅は見られませんでした。これは特殊音楽の曲中のエンベロープ(音量の変化)のピークが、シータ波帯域の7Hz付近にあったため、シータ波のみが刺激されたと考えられます。一方、通常の音楽のエンベロープのピークは13Hz付近にあったため、原理的にはアルファ波の増幅が考えられますが、今回はアルファ波が減少する結果となりました。既存の研究で、個人が覚醒状態から睡眠状態に移行するにつれて、アルファ波の活動が低下することがわかっているため、この結果は参加者が徐々に睡眠状態に移行しつつあったことを示している可能性があります。

アンケート調査では、サウナセッションで有意な相互作用が見られた項目のみを起用しましたが、その結果、「いつもより鼓動が早い」「背中がピンと張っている」という項目のみ変化が見られず、後の項目ではサウナと似たような変化が見られました(表2)。この2つの項目は、サウナ中の交互に行う温冷効果に起因し、音楽を聴くことでは再現されにくい可能性があることがわかりました。

 

サウナ効果を音楽で再現:リラクゼーションの新たな可能性

全体として、サウナセッションと音楽セッションでは、アルファ波の活動変化の傾向が異なるにもかかわらず、シータ波とMMN振幅の大幅な増加には、一貫性がありました。これはモノラルビートを組み込んだ音楽を聴くことにより、「ととのう」状態に近しい状態を作り出すことに成功した可能性があることを示唆しています。サウナのように特別な環境を必要としない音楽は、より手軽にリラクゼーションを得ることができ、将来的には個人の嗜好に合わせた音楽で実現できるようになるかもしれません。個人差や他のリラクゼーション方法との比較を含むさらなる研究が必要になりますが、この研究は、メンタルヘルスや幸福を向上させる上で、大きく貢献することでしょう。

※詳細:
Chang, M., Tanaka, K., Naruse, Y., Imamura, Y., & Fujii, S. (2023). Influence of Monaural Auditory Stimulation Combined with Music on Brain Activity. Frontiers, 2024-1.

※引用元は、こちら